『選ばなければ仕事はある』で日本は滅亡する

選ばなければ仕事はある

「選ばなければ仕事はあるでしょ?」という意見を一度はあなたも聞いたことがあるはずです。

「アフリカなどの発展途上国では、過酷な環境に耐えて仕事をしているのだから低賃金でも文句をいうな。」という主張が堂々とまかり通っているのですが、、、、、そのような主張を続ける限り日本には未来はありません。

残念ながら、、、、低賃金でも黙って働くという美徳は、これからの時代もう通用しないのです。その理由をカンタンに解説します。

低賃金で働く不幸

「低賃金でもいいから働きたい」という人が増加すれば、企業経営者はハッピーになれる・・・・というわけではありません。

企業経営者の一部はこう思うでしょう。「低賃金で働く人が増加するということは、消費に回す金額が少なくなるということだ。消費者はウチの商品を購入してくれるだろうか?」と。

おそらく合理的な経営者であれば、「将来は明るくないかもしれない。」と考えて、採用や投資に消極的になるでしょうし、実際に低賃金で働く労働者が増えれば増えるほど売上に頭を悩ますことになるかもしれません。

つまり「低賃金で働く人が増加すれば、企業の人件費は下がり、利益は増える。」という単純な論理で説明できるバラ色の未来というやつは幻想でしかないのです。

労働市場の不思議

「低賃金の労働者の増加 ⇒ 採用の増加」という直観的には正しそうな予想が実現されないという問題は、実は過去の経済学者も頭を悩ませた問題です。

例えば1929年10月24日(木曜日)は、歴史の教科書では「ブラックマンデー」として知られています。アメリカは大量倒産、大量失業の大混乱になりました。

一部の経済学者は、この危機的な状況を楽観視していました。なぜならば、このように考えていたからです。

不況になれば労働者の賃金は下がる。労働者の賃金が下がれば、企業は労働者を雇うだろう。そうすれば失業率は下がり、いずれ景気は回復するだろう。」と。

しかし当時は「大先生」として政府の要人からも信じられていた経済学者の楽観的な予想は、1年、2年、3年と経過しても実現されることがなかったのです。

なぜ?当時のアメリカの経済学者の大先生たちの予想が外れてしまったのかというと、「労働力それ自体を欲しがる経営者はいない」ということを見過ごしていたからです。

例えば、不動産の価格が相場よりも安くなれば「買いたい!」と思う人は必ずいます。なぜならば「不動産に住む価値」というものは不況時であろうが好景気の時であろうが存在するからです。

その一方で、「労働の価値」そのものの価値を欲しがる人はいません。例えば「あの人と一緒に働くこと自体に価値があるのだ。だからあの人が低賃金ならば雇う。」という判断をする経営者はいないでしょう。

では「労働の価値」を決めるものはなんなのでしょうか?

ズバリ答えは「労働の結果として得られる利益」です。

つまり労働者の賃金が低かろうが高かろうが、労働者を雇って儲かると信じることができるなら「雇う」し、労働者を採用して儲ける自信がなければ「雇わない」のです。

低賃金で幸せか?

労働者が低賃金で黙って働き、消費するお金は年々減少するという未来を「明るい」と日本国民が信じることができるなら、日本の将来は明るいでしょう。

実は日本は戦後ながらく「低賃金路線」をひたすらひた走ってきました。低賃金路線を代表する言葉は「安くていいものを」というスローガンです。

「安くていいものを」というスローガンに沿った企業経営は大成功しました。しかし「安くていいものを」が大成功した前提条件には「先進国の中でアメリカに次いで多い1憶2千万人もの人口」があったことを忘れてはいけません。

つまり「安くていいものを」、「買ってくれるたくさんの人」が購入してくれたからこそ、日本の経済は成立していたことを忘れてはいけないのです。

人口減少

人口動態統計によれば、2060年までに日本の人口が約3,000万人減少するといわれています。

3,000万人という人口は、イギリスの生産労働人口の人数を上回る数字です。

つまり世界第三位の経済大国から、イギリスの生産人口を上回る人口が「消える」のです。

ということは????日本がこのまま「安くていいものを」路線を続けていても経済規模は縮小することは明らかです。(安くていいものを買ってくれる人が減少するのですから当たり前。)

日本にとって経済規模を縮小することは『死』を意味しています。経済規模とはGDPです。税収も企業の利益もすべてGDPがお財布になっています。

借金大国日本でGDPが減少するということは、すなわち税収の減少、すなわち福祉国家の終焉を意味しています。貧乏でも長生きで元気であればそれで幸せなんだとあなたは胸を張れるでしょうか?

高付加価値・高単価

「安くていいものを」ではなく、「高くていいからもっといいものを」スローガンにしないとこれまでのように経済大国として振舞うことはできないでしょう。

さて、ここまでは「日本という国」の将来についての話が多かったですが、国の政策を決めるのは政治家であり官僚です。

政策云々の話は、わたしたち個人の力でどうなるものでもありませんから、わたしたちにできることは「高付加価値・高単価」の世界で戦える人間になることです。

もちろん「高付加価値・高単価」の人間を目指す以上、スキルアップだけでなく、できることは何でもするという覚悟が必要です。

幸いなことにほとんどの日本人が「危機の深刻さ」を本当の意味でわかっていません。実際のところ「わかったつもりになって行動しない」人があまりにも多いというのが実情です。

「大学を卒業してから勉強していない」、「スキルアップにも本気になって取り組んでいない」、「月に1冊も本を読まない」という人も多いので、少し本気になって勉強し勝負するだけでライバルから頭一歩抜け出す存在になれる可能性は十分あります。

しかし生涯学習が社会人にとって当たり前になると、そうもいっていられなくなります。高付加価値・高単価を目指すことが当たり前でないときに、どれだけ本気になれるかが重要になってくると思います。

あなたは高付加価値・高単価の人材になるために、今日何をしますか?