『借りた金は返せ!』は本当か?

借りた金は返せ

「お金は命の次に大事なものだ。」と主張する人がいますが、あなたはどう思いますか?

もしそのような主張が認められるのであれば、他人からの借金を返済しないということは「重罪」なのではないでしょうか?

しかし不思議なことに「自己破産」などの破産手続きは『合法』であり、自己破産をした人間は犯罪者のような扱いを受けるようなことはあっても犯罪者というわけではありません。

ヴィクトリア王朝の時代(1837年 – 1901年)、借金を返さない人間は、利子と元本を返済し終えるまで、特別な牢屋に入れられていたそうですが、現代先進国では借金を返済しなくても牢屋に入れられることはありません。

なぜ?借金に対する扱いは一昔前に比べて「緩く」なったのでしょうか?

本記事で解説する内容を理解すれば、『借金』というものの本質を理解することができ、おそらく『借金』に対する過度な不安や恐怖もなくなるでしょう。

そして『いい借金』と『悪い借金』の区別もつくようになるはずです。是非とも参考にしてください。

お金の錬金術

中世の時代まで「錬金術」というものが大真面目に研究されていました。錬金術とは、「普通の金属類を金・銀などの貴金属に変化させようとする術。」のことです。

なぜ?錬金術が大真面目に研究されていたのかというと、金や銀が「お金」の価値を担保していたからです。

錬金術が成功すれば、金や銀を生み出すことができお金を増やすことできる、めでたしめでたしというわけです。

しかし現代において、錬金術という単語を聞く機会はほとんどありません。つまり錬金術は廃(すた)れたのです。

なぜ?錬金術が廃れてしまったのかというと、答えはシンプルです。「錬金術がなくてもお金を生み出す方法が発明された」からです。

錬金術がなくてもお金を生み出す方法は「信用創造」という単語で説明されています。高校生の地歴公民の授業で習う基本的な概念です。

信用創造

信用創造のカラクリはとても簡単です。信用創造とはひらたくいってしまえば「無からお金を生み出す」ということです。

例えばわたしたちが銀行からお金を借りる時、銀行はわたしたちに銀行口座をつくらせて、その銀行口座に融資する分の金額を「印字」するのです。

「無からお金を生み出したお金に信用力があるわけがない。」と思うのはごくごく普通の感覚だと思いますが、政府はそのお金に信用力をもたせるためにあらゆる努力をしています。

例えば、1万円札が偽造されないように「透かし」を入れるということも対策の一つですし、税金の受け取りは「日本円」以外は認めないということも、お金の信用力を保つ政策の一つです。

お金「貸してなくね?」

この記事をここまで読んだあなたは思ったはずです。

「あれ?銀行はお金を貸しているわけではないの?」と。

そうなんです。銀行はわたしたちにお金を貸しているわけではないのです。

わたしたちが借用書や担保を差し出さない限り、銀行は1円もお金を『貸して』くれません。

なぜ?借用書や担保を差し出さないかぎり、銀行はお金を『貸して』くれないのかといえば、、、、、、

銀行は「金貸し」ではなく、「無からお金をつくることを公的に認められた特別な企業」だからです。

もちろん「無からお金をつくる」といっても、『無条件』というわけではありません。銀行は何かしらの「担保」がないとお金を生み出せないのです。

勘のいい方であれば「サラ金こそが本当の金貸し」であることに気づいたはずです。

サラ金は「無からお金をつくることを公的に認められた特別な企業」では「ありません」。だからサラ金がお金を貸すとき、そのお金は本当にサラ金業者のお金だったのです。

サラ金業者の取り立てが激しくなるのは、もはや当然のことだということはすぐにわかるはずです。

銀行にとって「貸した」お金は、「もともと無から生み出したもの」なので、返済が滞ったとしてもそれ以前に利子を受け取っていれば、100%損をすることはありません。

しかしサラ金業者にとっての貸したお金は、無から生み出したものではなく本当に貸したお金なので、返済が滞るなんてことがあったら本当に困るわけです。

悪いのはどちらなのか?

「貸した」(以下、創造した)お金が返済されなかったとき、悪いのは借りた側でしょうか?それとも貸した側でしょうか?

融資が実行される時、お金を借りた側は「わたしなら借金を完済できるはず。」と思ったからこそ、お金を借りたのだと思います。その予測を外したという意味では借り手にも責任があります。

しかしお金が借りた側が100%悪いということもありません。なぜならば銀行がお金を創造するということは、銀行が「融資を実行して返済されるはず。」と信じたことの裏返しだからです。

つまり「お金が返済されない」という場合、借りた側も貸した側も、将来の予測を外したという意味では両方に責任があるのです。

両方に責任がある以上、責任の取り方はフェアでなくてはいけません。

もし銀行が破産しそうになったら政府が助けるのであれば、借りた側が破産しそうになった時、ルールに則って守られるべきなのでは?

銀行がお金を創造することを法律で認められている存在なのであれば、お金を借りる側にも「お金を消す」(借金を棒引きする)権利が認めれるべきなのでは?

銀行と「金を借りる人」(法人含む)は、お互いがお互いを必要としてます。

銀行にとって「お金を借りる人」がいなければ困りますし、「お金を借りる人」にとっても銀行は欠かせない存在です。

つまり銀行と「お金を借りる人」は、お互いが持たれ持たれつの存在なわけですから、銀行にとっても借金の棒引きを認めることは悪いことばかりではありません。

なぜならば「借金を返済しなかったら永遠に苦しむしかない」というのが真実になってしまったら、お金を借りる人が激減してしまうことになり銀行も困ってしまいます。

とはいえ、「お金を返せなかったら自己破産すればいい」という軽い気持ちで多額の借金をされて困るのは銀行だけではありません。

なぜならば、、、、、もし銀行がお金を貸すことに消極的になってしまったら利子は高くなるでしょうし、お金を借りるときの審査も厳しいものになることが予想されるため、お金を借りる側にとって自らの首を絞めるような状況が生まれてしまうからです。

いい借金・悪い借金

つまりは「バランス」が大事なのです。無責任にお金を借りるのもダメだし、無責任にお金を貸すのもダメなのです。

とはいえ、将来のことなど誰もわかりません。「借金したけど絶対に返済できる。大丈夫。」という強い確信があっても、本当にどうなるかはふたを開けて見なければわからないのです。

ということは、、、、借金する時の重要なポイントは「将来についてどのぐらい真剣に考えているか?」という点に集約されるのです。

「このビジネスプランなら融資できますよ?」という銀行担当者の楽観的なアドバイスを信用して、破産した起業家の話はよくある話です。

また「共働きなら住宅ローンの上限はかなり高いです。」という銀行担当者の楽観的なアドバイスを信用したのはいいものの、妊娠出産などで世帯収入が減ったために、住宅ローンの返済が苦しくなるという話もよくある話です。

「リボ払いなら支払い額が一定だから安心です。」というクレジットカード会社の言い分を信用して過剰な消費をやめることが出来なかった結果、多重債務者になってしまったという話もよくある話です。

「将来のことはよくわからない」というのは真実ですが、だからといって「無計画でもお金を借りていいのだ。」という結論にはなりません。

借金をすることが正当化されるのは、借金した結果、借金した金額以上の利益を確保できた時のみです。

あなたが起業家であるならば、借金をした結果、確保した利益を家族、従業員、国に還元できてはじめて「めでたしめでたし」になります。

ですからもし「将来のビジョン・将来の緻密な計画」がないのであれば、、、、、、、「借金なんてするな!」ということです。

あなたには2つの選択肢があるのです。

1つ目の選択肢は、「将来のビジョン・将来の緻密な計画をもとに借金をして、借金したからこそできる勝負をして、大きな利益を目指す。」という選択肢。です。

2つ目の選択肢は、「無計画であるからこそ借金はせずに、借金しなくても行動できる範囲で小さく勝負する。」という選択肢。です。

どちらが正解というわけではありません。あなたの好きな方を選んでください。あなたはどちらを選びますか?